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2003年3月3日: 化学物質の中にはPCB(polychlorinated
biphenyl)、水銀、殺虫剤などのように、身体に害のあるものがあります。ある人の身体に蓄積したそのような化学物質の量を、その人の「身体負荷量」(body
burden)といいます。
身体負荷量自体は単なる数値です。濃度をppb(10億分の1、つまり1パーセントの1000万分の1)であらわすか、1リットルにつき何マイクログラム(1マイクログラム=100万分の1グラム)入っているかで表します。もっとも定義がどうであれ、「身体負荷量」という用語には、なにか重荷を背負わされた人が身体を折り曲げて苦しんでいるような響きがあります。科学者の間で身体負荷量という用語が使われだした時、私の頭に浮かんだのは本物の身体のことでした。私や、私の子供たちの身体はどうなんだろう――と。
疾病管理センター(Center for Disease Control)が出した新しい報告書のおかげで、アメリカ人の平均的な身体負荷量についてこれまでになかったほどよくわかるようになりました。この報告書、「環境化学物質への暴露が人間に及ぼす影響に関する全米調査報告書 第2版」(Second
National Report on Human Exposure to Environmental
Chemicals)には、疾病管理センターの科学者が116種類の化学物質について2,500人のボランティアの血中および尿中の濃度を測定した結果があきらかにされています。それによると、農薬、フタル酸類、除草剤、防虫剤、殺菌剤などを含む、89種類の化学物質が検出可能な濃度に達していることがわかりました。
この報告書ではそれぞれの化学物質ごとに調査対象となった人々の体内汚染物質の平均的な濃度が明らかにされています。このデータはなにを意味するのでしょうか?
こういった化学物質は体内での濃度がどの程度になると危険になるのでしょうか。現状では、このようなデータが明らかになっている化学物質はごく少数にとどまっています。この報告書には、次のように控えめではありますが、明確な一文が記述されています。
病気を引き起こす血中あるいは尿中濃度を決定するには、本報告書以外の研究が求められる。
これは簡単な研究ではありません。問題は複雑なのです。子供は大人よりも体重あたりの食事量と発汗量が多いのですが、大人と子供では安全な濃度に違いがあるのでしょうか。安全性を判定するためには何を測定すればよいのでしょう?
動物実験の結果は、どの程度人間に当てはまるのでしょうか?
このような問題は従来、毒物学で扱われてきましたが、近年新しい問題も生じてきています。1996年に出版されて、内分泌撹乱物質(環境ホルモン)という言葉を一般に広めた本「奪われし未来」(Our
Stolen Future)のウェブサイト(http://www.ourstolenfuture.org/)
には、化学物質に暴露されることによる健康上の影響についての論文やニュースが集められています。それらを読むと、化学物質の安全な濃度について考えるには次の三つの観点が必要であることがはっきりとわかります。
- その化学物質は長期的な影響を与えないか?
ごくわずかな影響であっても発達の初期に、ホルモン系などの細胞信号系を妨害する化学物質による影響を受けると、ずっと後になって病気を引き起こすことがあります。
化学物質の安全性を確かめる従来の方法は急性の影響を念頭においたもので、何年も暴露したことによる病気を調べるようになっていません。
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その化学物質の低用量作用は試験されているか? 従来の安全性試験ですと、調べようとしている化学物質の濃度を徐々に下げていき、病気の原因にならないということが確認された濃度で試験を打ち切り、その濃度以下ならばその化学物質は安全である、と判定していました。濃度が低ければ安全だと想定しているわけです。しかし、それが全ての化学物質にあてはまるわけではありません。生物学的活性を有する化学物質であれば、安全とされているレベルを下回る濃度であっても、細胞の機能を”乗っ取って”何らかの健康上の影響を与えることも起こりえます。従来の毒物学ではこの低用量作用を無視しがちでしたが、それは毒物学が化学物質による明白な被害を主な対象としていたためです。
- その化学物質を別の化学物質と混ぜても安全か?
化学物質の安全性に関する研究は、ある特定の化学物質だけを調べたものが多いのですが、私たちは多種多様な汚染物質に囲まれて生活しているのが現実です。
最近行われている、妊娠したマウスを使って市販の除草剤の毒性を調べる研究などからは、複数の化学物質を混合すると一つ一つの物質にはない影響が現れるのではないかと疑われています。
疾病管理センターの報告書には彼らが測定した化学物質の安全レベルについて多くを語ることができないのは不思議ではありません。ごく微量の化学物質がもたらす長期間の影響を調べるのは容易なことではないのです。そのような調査を現実の世界で考えられるすべての化学物質の組み合わせについて行おうとすると、調べるべき対象が幾何学級数的に増えてしまいます。
科学技術が進歩すれば、化学物質の安全性をしっかりと確実に把握できるようになるかもしれません。しかしそれは、現在の技術では夢のようなことです。そんな未来が来るまでは、わたしたちは毒物の作用を探るための生きた実験動物であり、リスクと共に生きるしかないのです。
疾病管理センターの研究には、決定的な発見がありました。鉛、DDT
(1,1-bis(chlorophenyl)-2,2,2-trichloroethane)、PCB、ヘキサクロロベンゼンなどの化学物質(どれも米国では禁止されているか、厳しく規制されているものです)の身体負荷量は前回の調査時よりも減少していたのです。これはすばらしいニュースです。つまり、人間の身体は、河川や空気と同じように、一度汚染されても再びきれいになれるのです。
汚染された川は、汚染源を止めなければ元のきれいな状態に戻りません。人間の身体も同じことです。身体負荷量というものがあって、それは低ければ低いほうが良いのだという認識が広がれば、私たちの身体がさらされる化学物質を制限しようという方向に事態は動くでしょう。
人類が作り出した化学物質は驚くべき種類にのぼります。アメリカの環境保護庁は、現在私たちが製造し、使用している化学物質は80,000種類をくだらないと推定しています。疾病対策センターが調査したのは116種類の化学物質ですので、実にその690倍にも上ります。
もし今後も、すべての化学物質について、「病気を引き起こす量や組み合わせ、そしてラグタイム(病気の発症までの無症状の期間)がはっきりしない限りその物質は無害である」とみなす姿勢を崩さないならば、私たちの身体は今後もずっと汚染され続けるでしょう。ある化学物質の安全性が確認されないうちは、その物質にたいして「疑わしきは罰せず」という態度をとるべきではないのではないでしょうか?
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